本と映画とぼっち飯

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ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく:堀江貴文

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

誰もが最初は「ゼロ」からスタートする。
失敗しても、またゼロに戻るだけだ。
決してマイナスにはならない。
だから、一歩を踏み出すことを恐れず、前へ進もう。

堀江貴文はなぜ、逮捕され、すべてを失っても、希望を捨てないのか?
ふたたび「ゼロ」となって、なにかを演じる必要もなくなった堀江氏がはじめて素直に、ありのままの心で語る、「働くこと」の意味と、そこから生まれる「希望」について。

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堀江氏出所後、初の書籍

証券取引法違反でがっつり1年9ヶ月も塀の中で過ごした堀江貴文氏が仮釈放されたのち、はじめて書き下ろされた書籍。

当時の暴れん坊ぶりはネットで調べればいくらでも出てきますわね。

ボクは嫌なら見ない主義なので、特に注視していたわけではないが、イメージとして欲深い人目立ちたがりの人というマスコミ主導の印象があって、様々な立ちふるまいから悪人バイアスかかってたほうだった。

なんで今の今まで書籍も読んでないし、TVに出ててもチャンネル変えちゃってたのね。

ふとしたきっかけでYoutubeで対談やインタビュー動画を見ることがあって、言っていることが、けっこう心に刺さったので、いまさらながら興味をもったわけなのです。

不器用な人なんやろね

読んだ感じ、良くも悪くも振り幅がすごい大きな人なんだなと…

今でも胡散臭い、嫌いと公言する人も多ければ、神格化して崇める人々も少なくない。

嫌悪感を抱く人の気持ちもわかるのよ。

既成概念を打ち砕くの旗印のもと、自分の居場所を失いかけた人、実際にライブドア株で大損をした人、きつい物言いに我慢ならない人。

そしてあれだけ世間を騒がせたあげく刑務所行きだからね。完全に公的に犯罪者だもんね。

 

強気な物言いや時には弱者に対しても容赦なく冷たい言葉を浴びせる姿は見てて気持ちの良いものでないし、自分がその弱者の側であればなおのこと毛嫌いしてしまう。

「人格破綻」「精神疾患」なんていう人もいるけれど、なぜそのようにとられる思想が形作られるようになったかの一端をこの本では語られているように思う。

生まれながらのモンスターはいないのよね。

 

対談やインタビューで何度となく発言していたポリシーというか思想がかなり早い時期から作られている。

そう見ると一時期のマスコミによる欲深い印象よりも自分に対しての自負というか信念が強い人だなと感じる。

その半生はなんというかフォレストガンプを見てる感じに近いかも。(ガンプのようにまったく善人とは言い切れんが…)

あのコトも知りたかったな

気になったのは、あそこまで大きくなった会社を一気に失った経緯についてはほとんど触れられてないこと。

言えないこともあるだろうが、やはりゼロからやり直すという主旨であるのならば、つまずきからも知りたいところ。

ボクは失敗から学ぶことが一番勉強になると思ってるので、この辺突っ込んで知りたかったな。

堀江貴文のイメージが変わる…かも

神格化して崇める人も多いけど、この本を読むと悩んだり落ち込んだり、バカやったりと、同じ地上にいる一人の人間なんだと、少し距離を近く感じる。

読後、不思議と今までの嫌悪感がちょっと薄れている自分に気づいた。

それでも道で出会ったら「うわぁぁ…」って思うかもしれないけれど(゚∀゚)